【2026年新年号】サッカーW杯=セレソン6度目の制覇はあるか=監督の采配で徐々にレアル化?
2026年は、4年に一度の祭典、サッカーのW杯が開催される。2002年の日韓開催大会以来、ブラジル代表(セレソン)は優勝から見放されているが、待ちに待った悲願の24年ぶりの6回目の優勝はあるのか。占ってみたい。
恵まれた戦力・・のはずが
この大会に望む前年まで、セレソンは長きにわたりもがき苦しむ状態が続いていた。それは現在も解消されているとは言い難く、もやもやした状況が続いている。

それは傍から見ればかなり奇異なことでもあった。攻撃の選手にはレアル・マドリッドのヴィニシウス・ジュニオルにロドリゴ、バルセロナのラフィーニャが名を連ねている。この両名門のフォワードの主力が揃っていれば普通なら優勝候補で、南米予選もトップ通過したとしても誰も驚くものではない。だが実際は、この3人がいながらも南米予選5位通過。前回大会までなら大陸間プレーオフでW杯出場をかける低調な順位だ。
では何が問題なのか。これに関しては数年来の問題で監督が何人代わってもなかなか解決されていない。ただ、個人的に最近少し見えてきたのは、ヴィニとロドリゴがあまりにもレアルの組織プレーになれすぎてしまい、セレソンでどうすればよいのか今ひとつ判然としない状態にあるように見える。
例えばヴィニは、2024年のFIFAベストのベストプレーヤーに選ばれたほどの実力者だ。だが、だからといって彼はチーム内最大のストライカーではない。レアルでは、以前ならカリム・ベンゼマ、今ならエムバペといった絶対的なセンター・フォワードを横から支える左ウイング、つまりナンバー2の役割だ。
ところが、セレソンではベンゼマやエムバペのような絶対的なストライカーがおらず、本来その役割ではないヴィニにそれを求められるため、なかなか点が取れずうまくいかない。
ロドリゴに関しては、レアル内で長らく「便利屋」の役回りだった。チーム事情次第で攻撃の空いたポジションに入り、良いときは後半に出場してゲームの空気を変える役割を果たしてきた。だが、器用なうまいプレイヤーながら、ゲームを引っ張る立場にいたことがない。主役が求められる試合でスーパー・サブのままでいる。
かたや、ラフィーニャの方はバルセロナに加入して3年目のシーズンの2024年にゲームメイカー的な役割を与えられて開花。今やセレソンでも欠かせない存在となっている。
だが、彼が試合を組み立てたとしても、得点を取るに至るまでの駒が見えないのでは、それも生きない。そのためにはラフィーニャ以外の攻撃のプレイヤーの役割が見えてこないと打開策は見えてこない。
エステヴォンに新ヒーローの高い期待
こういうときにカルロ・アンチェロッティ氏が監督になったのは、セレソンにとって良い偶然だったかもしれない。アンチェロッティ氏はレアル・マドリッドの監督時代にヴィニとロドリゴを新人の時から見て育てて来た人だ。彼らをどうすれば活かせるのか、よくわかっているはずだ。

そうなった場合、「誰をポイントゲッターにしたらヴィニがナンバー2として生きるのか」という問題があったが、そのタイミングでひとり楽しみな存在が出てきた。それがエステヴォンだ。
まだ弱冠18歳ながら、ブラジルの国内クラブの新人記録を更新。セレソンでも25年10月以降に突如として得点を量産。5得点を取るに至っている。
ポジションはセンター・フォワードでなく右のウイング。しかも、ややミッドフィールダー寄りの下がり目の位置から、ドリブルで果敢に上がって一気にゴールに攻め上がるスタイルを得意としている。物怖じせず、積極的にゴールを狙う意識も強く、セレソン内での得点能力なら、若いながらも現在ナンバーワンだ。
この場合に一つ課題となるのは、まだ25歳と若く、エースと思われていたヴィニが、7歳も年下のエステヴォンに素直にゲームの主役の座を譲るか否かだ。10月、11月の親善試合ではエステヴォンにパスすることを渋る姿に関して、ブラジルのサッカー・ファンから批判の声が少なからずあがっていた。ヴィニがこれを承諾すれば、彼自身も生きる良いケミストリーが生まれそうだが。
また、エステヴォンが入ることで、右ウイングの座を奪われる形となるロドリゴは、レアルの時のように、偽9番(本来違う守備位置の選手がつくセンター・フォワード)か、後半出場の交代要員の切り札になるが、実はこれが2022、24年にレアルが欧州チャンピオンズ・リーグを制したときのロドリゴの役割でもあった。年下の出現でこの役回りになるのは、本人としては不服かもしれないが、これで彼は逆説的に生きるかもしれない。
そうなると、微妙な立場になってくるのがネイマールだ。彼は2年以上セレソンには招集されていないが、実は私は「ヴィニと組ませるエース・ストライカー」としてネイマールというのはアリだと思っていた。ネイマールはセンター・フォワードが本職ではないが、シュートの決定力そのものは高いから面白いとは思っていた。
ただ、いかんせん、ここ数年、怪我が多く、期待をかけたくても100%のプレーができるのか、あまりにも不透明だ。そこにエステヴォンが台頭してきた。せっかくの若い芽の台頭を、計算できない古株が摘みかねないのであれば、それは逆効果になりうる。新旧の両エースが一つのチームに並び立つのはかなりのリスクを伴うように思う。なので招集は厳しいと見る。
残るセンター・フォワードだが、エステヴォンとのコンビネーションで考えるなら、現在、チェルシーの同僚として彼とプレーしているジョアン・ペドロが適任だと思う。彼とロドリゴを適宜起用して行くのがリズム的には一番良いように思う。以前からの願望としては、エステヴォンの1歳上のエンドリックが良かったのだが、現在のレアル・マドリッドでのベンチ・ウォーマーぶりを見るに招集も難しいだろう。
セレソンのレアル化
アンチェロッティ氏がセレソンの監督に就いて以降、セレソンとレアルとの共通点を感じさせる瞬間が少なくない。それはヴィニとロドリゴのいる攻撃陣だけでなく、守備にも言えることだ。

中盤にはレアルでも長年にわたって活躍したカゼミロがカムバック。今年のW杯は34歳になるが、アンチェロッティ氏によって数年ぶりに彼が再招集されるまで、セレソンは中盤が泣きどころになっていた。カゼミロがいざセレソンの中盤の底に復帰すると、中盤がとたんに安定した。これにより、まだまだ伯国には彼の代わりが効くボランチが育っていないことが改めて浮き彫りになった。皮肉にもセレソンは、18年、22年のW杯でも、彼がピッチを離れた試合で敗れている。その意味で彼はまだ生命線といえる存在だ。
そしてもう一人のレアル組がミリトン。レアルではセンター・バックの中心的選手だが、ダニ・アウヴェスやマルセロなどがいた時代と違って、サイドバックに以前ほどのスター選手がいない現在のセレソンにとって、右のサイドバックを兼務できるミリトンの存在は大きい。ただ、ここ数年、大きな怪我が多く、その影響で膝に爆弾を抱えているのが気がかりではあるのだが。
組み合わせから見る今後の流れ
以上の点をチームとしていかにまとめられるかが重要であり、どこと対戦するかは、あまり関係がないように思う。ただ、組み合わせ抽選の結果は12月5日に出ているので、そのことについても触れておこう。
まずグループリーグC組だが、前回大会ベスト4のモロッコと同組はかなり手強い。ただ、ハイチ、スコットランドはそこまで苦にならないであろう。とりわけ、ハイチ戦で何得点できるかは、決勝トーナメント進出の際の勝ち点差で並んだ際に関係してくるので、そちらの意味で大事になるだろう。とはいえ、3位での進出決定はないと思う。
決勝トーナメントに進んだ場合、最初に対戦するのはオランダか日本になりそうだが、日本人としては日本戦が見たいところ。昨年10月の親善試合で苦杯を喫した際のファブリシオ・ブルーノの突如の守乱のようなことは今度は気をつけるだろうから、日本の2度目の奇跡の確率はそこまで高くないと私は見る。
ベスト16はセレソンがC組を1位、2位いずれで通過しても他のグループリーグでの2位チームとの対戦となる。ベスト8は、セレソンがC組1位ならイングランド、2位ならフランスの可能性が高そう。ここが大きな山場になるだろう。ベスト4はC組で1位ならアルゼンチンかポルトガル、2位通過ならスペインだろう。そして決勝はC組で1位ならフランス。2位ならアルゼンチンと予想するが、果たしてどうなるか。(沢田太陽)
https://brasilnippou.com/ja/articles/260106-81especial
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※ここからは記事を引用した上でのCEEN JAPANの寄稿文になります。
【特別引用寄稿】「個」の輝きか、「組織」の機能か――ジーコの教えから読み解く新生セレソンの光と影
文:CEEN JAPAN
2026年、北中米W杯が幕を開ける。ブラジル日報の記事が指摘するように、今のセレソンはアンチェロッティ監督の下で「レアル化」という興味深い変容を遂げている。ブラジルの土を踏み、プロの厳しさを肌で知る留学経験者として、そして「サッカーの神様」ジーコの言葉に影響を受けてきたものとして、この記事が投げかける論点には、看過できない「ブラジルサッカーの本質」が隠されていると感じる。
■「ナンバー2」のヴィニシウスと、ジーコの「10番論」
記事では、ヴィニシウス・ジュニオルがレアルでは「ナンバー2」であり、セレソンで「絶対的エース」を求められることに苦しんでいると分析されている。
ジーコはかつて私にこう言った。「10番とは、単に技術がある選手ではない。困難な局面で責任をすべて背負い、周囲を動かす力を持つ者だ」と。 現在のヴィニシウスが、レアルという完成された組織の中で「仕上げのピース」として機能しているのは事実だ。しかし、セレソンでは彼自身が「組織そのもの」にならなければならない。記事にある18歳のエステヴォンの台頭に対し、ヴィニシウスが「主役の座を譲れるか」という懸念は、まさにブラジル代表が抱えるエゴとプライドの象徴だ。ジーコならきっと「チームのために自分を殺すのではない。チームを勝たせるために自分を最大限に生かせ」と説くだろう。
■「レアル化」は進化か、退化か
アンチェロッティによる「セレソンのレアル化」。カゼミロの復帰による中盤の安定や、ミリトンの重用は、確かに今のセレソンに必要な「欧州的な規律」をもたらしている。
しかし、私が留学時代に見たブラジルサッカーの真髄は、型にはまらない「即興性」にあった。ジーコが率いた1982年の「黄金の4人」は、組織を超えた個の共鳴があった。記事が指摘する「ヴィニやロドリゴが組織に慣れすぎている」という弊害は、皮肉にもブラジル人選手が「優等生」になりすぎた結果かもしれない。アンチェロッティが彼らをよく知っていることは強みだが、彼らから「型を破る勇気」を引き出せるかどうかが、24年ぶりの戴冠への鍵となるだろう。
■ネイマール不在と、新時代の幕開け
記事では、ネイマールの招集について否定的な見解を示している。私も同感だ。ジーコは常に「ピッチで100%を出せない者は、名前がどれほど大きくてもチームを壊す」という規律を重んじていた。
エステヴォンのような若い才能が、記事にあるようにチェルシーの同僚ジョアン・ペドロらと「新たなケミストリー」を生むのであれば、過去の亡霊(ネイマールへの依存)を断ち切る絶好の機会だ。ブラジル人は常に「新しい神」を求めている。エステヴォンがその器であるなら、ヴィニシウスは彼を支える「最高の相棒」に回るべきだ。それこそが、かつてのジーコがセレーゾやファルカンと築き上げたような、互いを生かし合う関係性である。
■日本戦への視点――「リスペクト」が生む警戒心
記事には、決勝トーナメント初戦で日本と対戦する可能性にも触れられている。昨年の親善試合での日本の勝利を「奇跡の確率は高くない」と断じているが、通訳としてジーコと日本代表を支えた私には、別の景色が見える。
ブラジルが日本を「警戒すべき相手」として真剣に分析し始めたこと自体、日本サッカーの進化の証だ。アンチェロッティのような知将が日本を過小評価することはない。もし対戦が実現すれば、それは「個の力」のブラジルと「組織の力」の日本という、かつてジーコが日本に植え付けようとしたハイブリッドな戦いの結末を見ることになるだろう。
■結びに代えて
ブラジル日報が占う「セレソン6度目の制覇」。その道筋は、戦術やメンバー選考以上に「ブラジル人としての誇りと責任をどう表現するか」にかかっている。アンチェロッティというイタリア人指揮官が、ブラジルの魂をレアルの合理性で研ぎ澄ますことができるのか。
ジーコなら、今のセレソンにこう声をかけるはずだ。「楽しめ、そして責任を果たせ」。2026年、その結末を私たちは見届けることになる。



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